WEB講義◎アジア都市における経済と社会
アジア都市の経済、文化、社会のダイナミクスと直面する
複雑な諸課題を「理論」「政策」「実態」の連関から考究する。

早稲田大学大学院 アジア太平洋研究科
●遠藤 環(えんどう たまき) 教授
2004年3月、京都大学大学院経済学研究科博士後期課程修了。博士(経済学)。京都大学東南アジア研究所研究員、埼玉大学大学院教授などを経て2024年4月より現職。専門分野は、地域経済学、都市研究(東・東南アジア)、開発研究。主な著書に、『都市を生きる人々』『現代アジア経済論(共著)』。
アジアの急速な発展を牽引した
メガ都市間のネットワーク
21世紀は「アジアの世紀」であると同時に、「都市の世紀」であると言われている。世界の都市人口は2008年に農村人口を超え、今後の世界の人口はアジアとアフリカの都市で増加すると予測されている。近年、経済発展が著しい東アジアや東南アジアであるが、それを牽引しているのは都市であり、特にアジアのメガ都市が、世界の経済成長の中心になってきた。
そもそも、アジアの急速な経済発展は各国が個別に実現したのではなく、アジア域内における経済的な相互依存の深化に伴って進んできた。そして、それを実現させたのが民間企業主導によるメガ都市間のネットワークである。具体的には、アジア各国の企業が域内の他国で生産活動を行ったり、協働・分業したりする事例が多く見られる。経済活動、最新技術、人的資源などが集約されたアジアのメガ都市は、経済発展とイノベーションの中心地となり、グローバルネットワークの結節点として重要な役割を果たしてきた。同時に、様々な都市問題も露呈してきている。
私は、アジアの都市経済、社会のダイナミクスと直面する課題について、主に社会経済学、都市論、地域研究手法などを用いて学際的な観点に立ち、理論・政策・実態の連関を重視しながら研究を進めている。都市は、経済活動の場であると同時に、労働・生活の場でもある。アジアの都市の経済社会を考えることは、より公平で持続可能な社会を模索するための鍵と考えている。
段階的な変化を経ていない
「圧縮した発展」による課題
急速な経済発展は、新たな困難や矛盾を生んでいる。アジアの新興国は発展スピードが速く、段階的な変化を経ていない「圧縮した発展」を遂げたため、かつての日本が経験したよりも複雑な状況に直面している。その一例が、日本のように社会保障制度を完備する間もなく少子高齢化が日本より速いスピードで進んでいることだ。
また労働市場では、経済発展に伴いホワイトカラーが増えた一方で、開発経済学において社会の発展と共に消滅するとされていたインフォーマル経済が現在も大規模に存在している。インフォーマル経済とは、社会保障制度や課税など国の公式なルールが適用されない職業群で、露天商やバイクタクシーなどの自営業職種や小さな工房などがそれにあたる。デジタル版インフォーマル経済といわれるギグワーカー(インターネットを活用したデリバリーなどの単発請負やフリーランスのような職種)の増加も早い。このような圧縮した発展と諸課題の併存は、少子高齢化、医療・社会保障制度、格差社会、環境・ごみ問題など、さまざまな局面で観察される。
私が現在、取り組んでいる主な研究テーマは、インフォーマル経済、ケアや格差の問題、そしてもう一つは都市再開発とジェントリフィケーションである。グローバル化やデジタル化は、新興国にリープフロッグと呼ばれる「飛び越し型」発展を可能とし、ビジネスの分野では、新興国の人々が社会の至るとこに存在するニーズを見つけては新しい事業を生み出していることが注目されてきた。このような飛び越しは、例えばギグエコノミーへの制度的対応など、社会的課題の対応においても今後、起こるかもしれない。
経済、持続可能性、公平性の
バランスがとれた社会の実現を
20世紀のキャッチアップ型の経済発展は、経済成長を優先する政策と民間企業の経済活動に支えられていた。しかし、地球環境問題、格差拡大や政治的分断などが進行する中、アジアの発展の軌跡を見直すような議論も出てきている。アジアの難しさは、成長を促進してきた要因が格差拡大や環境問題、人権問題などの原因にもなっていることである。今後のアジアの経済・社会を考える際には、より豊かで安定し、人々のウェルビーイングが高い社会の実現は可能なのかとの課題意識を持ち、「経済(効率性や成長)」のみではなく、「持続可能性」や「公平性」といった価値軸も含めてバランスよく捉える必要があろう。喫緊の諸課題への取り組みと、環境問題、紛争や格差是正といった諸課題の予防や緩和のための取り組みといった、短期と中長期展望を組み合わせた複眼的思考が求められる。
アジアの圧縮した発展は、かつての日本のような段階的な発展ではなく、先進国型の課題と発展途上国方の課題の同時発生という複雑な状況を生んでいるため、必ずしも欧米の先進国や日本の先例が課題解決に役立つとは限らない。日本も多くの課題をアジアの他国と共有しており、「共にアジアの一員として」相互に学び合いながら、新しい解を見つけていかなければならない。
学際的かつ実証的なアプローチで
アジア都市のダイナミズムを解明
「都市」は、多様で複雑な要素が集積した空間であり、そこでの諸現象を考える上では学際的な学びが重要になる。アジア都市の経済発展を理解するためには、経済学のみならず、政治学、社会学や文化人類学、地球科学や農学とも連携する必要があるかもしれない。
そこで私の研究活動におけるアプローチは、「トリの目」と「アリの目」を大事にしている。アジアのフィールドを実際に歩き現場から考えること(アリの目)と、マクロに俯瞰すること(トリの目)を繰り返し、特に、労働者や生活者の視点から考えることを大切にしている。フィールドワークによって実態の変化を知ることは、既存の理論や当たり前を疑うことにつながる。特に海外の地域研究では、日本で当たり前とされていることを、他国の事例の理解にそのまま当てはめると読み違えることが多い。各国の諸制度や社会の特徴、自然条件など、地域に特有なことを体験的に把握し、そこから思考することが大切である。
多様なバックグラウンドを持つ学生が世界中から集う本研究科は、まさにその姿勢を支える学修環境にあり、学際的アプローチを可能にしている。国際的にはグローバルサウスの都市論の模索が続いている。本研究科でアジアの都市研究に従事する人が増え、日本からも発信していけるようにしていきたい。