WEB講義◎刑事訴訟法
刑事罰を科す過程における、適切な手続きを規定。
公益保護と被告人の人権保障の調和のとれた解釈が大切。

法政大学法科大学院 教授 水野 智幸 (みずの ともゆき)
●東京大学法学部卒業。1988年~2012年、裁判官として主に刑事事件を担当したほか、司法研修所刑事裁判教官や司法試験委員(刑法)も務めた。16年に弁護士登録、日本弁護士連合会の人権擁護委員会第1部会(再審・誤判)に所属。19年~22年、司法試験委員(刑事訴訟法)。主な近著・論文に、『公訴事実の同一性が認められた事例』。
捜査から刑罰執行まで
刑事手続のすべてを規定
刑事訴訟法は、実体法である刑法などを適用する際の手続法で、犯罪の認知から刑の執行に至るまでの過程における、捜査や公判、証拠の採否やその評価などのあり方について、被疑者・被告人の人権を保障しつつ、刑事事件を適正・迅速に処理することを目標に諸規律を定めている。
「犯罪を認知した警察または検察は、認知した犯罪に関して捜査を行い、その過程で犯人ではないかとされた被疑者に対し、取り調べをしたり、捜索差し押さえなどをしたりして証拠を収集します。捜査段階を含めて刑事手続きにおいて注意が必要なのは、被疑者・被告人の人権を侵害しないことです。
刑事訴訟法を解釈して適用する上では、犯罪行為者を処罰することによる社会の法益実現と、犯人と疑われた被疑者・被告人の人権保障は、いずれも大切な価値のため、両者をいかに調和させるかが大切になります。罪を逃れさせることも、誤った罪に問われることも避けなければなりません。双方の不利益を最小限にする解釈が求められます」と、法政大学法科大学院の水野智幸教授が解説する。
刑事訴訟法は憲法との結び付きが深い。憲法第31条は、「何人も法律の定める手続きによらなければその生命若しくは自由を奪われ又はその他の刑罰を科せられない」と規定しており、これらを刑事訴訟法が実現している。国家権力による刑罰権の発動は人権を制約することから、その手続きは公正でなければならない。
社会の変化に応じた
新しい判例の理解も大切
刑事手続は、捜査、公訴提起、公判、刑の執行の順からなる一方、条文は手続順の構成になっていない。
「条文は裁判官がどのようなことを成すべきかといったような視点から始まる構成になっているほか、後段の条文を準用しながら規定しているため、分かりにくさがあります。そのため、刑事訴訟法の構造を理解して、条文の読み方や引き方を身につけることがファーストステップになります。
社会の変化に合わせて、法律実務家が注目する論点も変わって行きます。私の授業では、教科書では触れられていない、今注目すべき論点について最新の判例を取り上げて、刑事訴訟法の理解を深めることができるようにしています」
[判例研究]
GPS端末装着による捜査は、適法か違法か
[事案概要]
警察は、窃盗団と疑われる被疑者(被告人)および複数の共犯者による窃盗の決め手となる証拠がなかったことから、捜査の一環として、令状を取得することなく、被疑者と共犯者が使用する自動車などにGPS端末を密かに装着して、被告人らの行動を把握するという手段による捜査を行った。
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刑事訴訟法 第197条(任意捜査の原則)
1項 捜査については、その目的を達するため必要な取調をすることができる。但し、強制の処分は、この法律に特別の定のある場合でなければ、これをすることができない。
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刑事訴訟法にはGPS端末装着による捜査を規定する条文がないことから、公判ではGPS端末装着による捜査の適法性が問われた。
刑事訴訟法は捜査に関して、第197条により任意捜査を原則とし、強制捜査は特別の規定がある場合に限り行うことができると規律している(強制処分法定主義)。特別の規定には、逮捕や捜索差押、検証などがあり、いずれも令状が必要となる(現行犯逮捕などを除く)。また、強制手段の具体的な定義は、最高裁判決(昭和51年3月16日)により判示され、個人の意思を制圧し、身体、住居、財産等に制約を加えて強制的に捜査目的を実現する行為などとされている。
尾行による捜査は任意捜査として認められていることから、GPS端末装着による捜査は尾行の一種とも考えられるが、最高裁判所大法廷は、尾行とは異質な、個人の行動を継続的かつ網羅的に把握する行為であって、私的領域への侵入であると指摘し、違法との判断を示した。強制処分となる検証(刑事訴訟法第218条)についても触れ、検証ではとらえきれない性質があるとした。
捜査などをはじめ、刑事事件手続きにあって、社会と個人の法益のいずれが優先されるべきかを思考する上で参考になる判例と言えよう。
[私の授業]
新しい判例を題材に、関連判例などとの関係を考究し、理解を深めます。
「刑事訴訟法」「刑事訴訟法演習」「刑法演習」を担当しています。「刑事訴訟法」は、1年生(法学未修入学者)を対象にしている科目で、刑事訴訟法の全体像を半年間で把握・理解することを目的にしています。捜査、公訴提起、公判における量刑を決めるための証拠調べなどの概略について、時系列にそって理解していきます。初学者でも学びやすいように、予習ビデオとそれに沿った解説スライドをアップし、授業では理解が難しい点や重要な点について解説・質疑をします。「刑事訴訟法演習」は、刑事訴訟法の基礎を学んだ2年生(法学未修入学者2年目と既修入学者)を対象にする科目です。重要判例を取り上げ、その概要と位置付けなどをまとめた独自作成のレジュメを用いて、刑事訴訟法において論争がある点について、判例相互の関係をはじめ、学説や実務上での運用について解説・議論をし、1年をかけて刑事訴訟法の理解を深めていきます。